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『ひなた』~水子供養の話~

流産

らっしー&シナモン(らっしなもん)の飼い主Aです。

夏が終わり、あっという間に朝晩肌寒くなってきましたね。

流産して4ヶ月が過ぎようとしています。

今日は、私たち夫婦に起こったつらくて、悲しくて、不思議で、温かいお話。

流産したときは、毎日がつらくて、とにかく泣いて泣いて、それでも涙は枯れてくれなくて、とにかくずっと泣いていました。

「つらすぎて死にたい」じゃなくて、ただ「生きていることがつらかった」

そんな私が、運命めいたものを感じた日がありました。

そして、その運命にしか、あの日の私たちは救えなかった。

幼少期の頃、私の両親は共働きで、私は祖父母の家に預けられることが多くありました。

私は、完全なるおじいちゃんっ子、おばあちゃんっ子でした。

子どもの頃の私は、祖父の車のドアを開けたまま、祖父とふたりで座席に座ってお昼寝をしていました。

祖父の車で『ひなたぼっこ』をするのが大好きだったんです。

ベッドで寝た方が、絶対に身体は楽だったはずです。

祖父は厳格な人だったそうですが、そういう優しい時間を過ごす人でもありました。

それでも、日の光を浴びていたあの温かい時間が好きでした。

祖父は私が7歳の頃に他界しましたが、あの頃の思い出は今もずっと大切に残っています。

祖父を亡くしてからも、私は『ひなたぼっこ』が大好きなまま大人になりました。

もしいつか自分が子どもを産むのなら、【誰かの心を温かく照らしてくれるような人に育ってほしい】という願いを込めて、『ひなた』と名付けたいと思っていました。

日向、陽向、陽太、陽菜多・・・

『ひなた』と読めそうな漢字を探しては、画数を調べると大凶だったり…

たくさん候補を考えていました。

妊娠がわかったとき、夫婦で子どもの名前を考える時間が一番しあわせだったように思います。

平仮名で『ひなた』って柔らかくて優しい印象だよね、という話になり、画数も大吉。

妊娠したばかりで性別もわかりませんが、私たち夫婦は、子どもの名前を『ひなた』に決めました。

大切に大切に育てようと思っていたとき、流産がわかり、私たちは絶望を味わいました。

悲しみから立ち上がろうと必死で、毎日つらさと向き合い続けていたあの頃。

「時間が解決してくれる」という言葉を信じて、毎日ただ生きていくしかなかった。

少しずつ泣く時間が減って、眠れる時間が増えて、それでも私は日常を取り戻せませんでした。

家にいることもつらかったんです。

エコー写真があるから。

母子手帳があるから。

マタニティマークを棄てられなかったから。

一番居心地の良かった自宅が、悲しみをあおるんです。

私たちは、気分を変えるため、疲れを癒やすため、なんとなく宿を取り旅行へ出かけました。

道中、ふと視界に「水子供養のお寺」という看板と大きな観音様が目に留まりました。

水子供養をしたいと夫婦で話していましたが、調べたり決断する心の余裕がなかった私たちです。

何気なく選んだ旅先で、たまたま見つけたお寺でしたが、このタイミングで出逢うということは、今がそのときなのかもしれないと思いました。

何の準備もしていないけれど、手を合わせるだけでもしたいと思いお寺に向かいました。

お寺には水子地蔵のお堂があり、たくさんのお菓子やぬいぐるみが備えてあることに驚きました。

私たちと同じように子どもを亡くした親から、子どもへのメッセージが書かれたノートも置いてあります。

お地蔵様に手を合わせて、しばらくお堂の中にいました。

涙が溢れてきましたが、悲しみやつらさが和らぐような、不思議な感覚を味わいました。

お堂をあとにして2人で「ここに来られて良かったね」と話しながら、私はみるみる気持ちが楽になって、心がじんわり温かくなるのを感じました。

夫は首の後ろから何かが引き抜かれるような感覚があったそうで、涙が溢れて止まらなくなってしまいました。

しばらくして涙が止まった頃には、身体がとても楽になっていたと言います。

実は夫にも、産まれてこられなかった兄がいたんだそうです。

何か感じるモノがあるなぁ。

そんな不思議な体験をして、「たまたま通りかかったお寺だったけど、今日ここに立ち寄って本当に良かったね」と自然と笑顔になっていることに気づきました。

久しぶりにちゃんと笑い合えた気がします。

本当に立ち寄って良かった。

そう思いながらお寺を出てすぐに、ふと視界に入った最寄りのバス停に私たちはまた涙が止まらなくなりました。

バス停の名前は『ひなた』でした。

漢字でもなく、平仮名の『ひなた』

私たちの子どもの名前と同じ『ひなた』

あぁ、そうか。

やっぱり私たちの子どもは『ひなた』で、今日ここに来ることは決められていたんだ、と感じました。

私たちがちゃんと悲しんで前を向くために、ここに来ることを『ひなた』が選んだんだ。

そんな風に思えました。

やっぱり少し寂しいけれども、いつまでも悲しんでいたらいけないんだって、絶望から抜け出すのは今なんだって教えられたような気がします。

なんて親孝行な子なんだろう。

たまたまだと言われれば、それまでの話です。

でも、私はこの不思議な体験は運命に導かれたものだと思ったし、この奇跡があったから今こうして優しい世界に戻ってこられたんだと思っています。

人間というのは、何かと物事に意味を見出そうとする生き物ですよね。

私は、この奇跡に意味があったんだって信じたいし、それがあのときの私たちを救ったというのはたしかなことでした。

やっぱり、私たちの子どもは『ひなた』だし、誰かの心を温かく照らしてくれる人だったんだと思います。

100%立ち直ることは、たぶん一生できない。

だけど、つらい経験をつらいままにはしたくないし、優しくて温かい時間もたしかにあったんだってことは忘れちゃいけないんです。

流産はたしかにつらいことだけれど、妊娠は嬉しいことでした。

それは絶対に忘れちゃいけないんです。

つらいだけじゃなくて、嬉しくてしあわせな気持ちもしっかりと受け取っていたんですよね。

悲しい、つらい、どうして私がこんな目に遭うの?という気持ちで、我が子がくれた喜びをかき消して、全部なかったことにしてしまっていたんですよね。

これは、私だけでなく、同じく我が子を亡くして悲しんでいる全員に言えることだと思っています。

当然、赤ちゃんがお空に戻って悲しいという感情は否定できません。

ですが、それ以前に嬉しい気持ちや優しい気持ち、しあわせな気持ち、親になる覚悟、命の尊さ…たくさんのプレゼントを受け取っていたことを見失いがちです。

私自身がそうだったように。

それじゃあ、赤ちゃんも報われないかもしれない。

私たちに残ったのは、悲しみだけじゃなかったはずです。

それと同じくらい大切なことを感じていたはずなんです。

忘れていてごめんね。

生きているのがつらかったけれど、苦しみを耐えて生きていたからこそ、今このしあわせを噛みしめることができたんですよね。

こんな風に心の傷を癒やしてくれる奇跡が起こるタイミングは、いつやってくるかわかりません。

でも、生きていないと絶対にやってこない。

つらくたって、やっぱり生きていないといけない。

今、生きているのがつらいと思っている方がいたら、泣こうがわめこうが、仕事に行こうが行くまいが、引きこもろうが飲み歩こうが、何したっていいです(犯罪さえ起こさなければ)

ただ、生きていることには、絶対に価値がある。

その先にきっと、意味があったことに気づける日が待っている。

私はそう思っています。

短い間だったけれど、こんな弱っちい私のところに来てくれた優しい子に心から感謝します。

私たちの子どもの名前は『ひなた』です。

温かいお日様の光のような子どもでした。

またいつか、必ず会いたい。

らっしなもんと一緒にのんびりその日を待ちます。

シナモン&らっしー

でも本音を言うと、1日でも若いうちに会いたい。

私はもう体力に自信がないから🤣

実は毎朝のお散歩もしんどい。

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この記事を書いた人

性別:女性
年齢:30歳代
職業:緩和ケア認定看護師
急性期病院勤務14年目のカレーオタク看護師です。激務で常にストレスを抱えていた私に夫がプレゼントしてくれた愛犬(シェルティ&キャバリア)と暮らしています。流産を経験して働き方を見直し、今はゆとりある生活を意識しています。愛犬との日々&看護師ネタ&流産&カレーに関する記事をメインに綴っていこうと思います!
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