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流産した私を救ったもの。

流産

こんばんは。

らっしー&シナモン(らっしなもん)の飼い主Aです。

今日もゆっくりとした時間が過ぎていきました。

日々ゆっくりと感じるけれど、気づけば仕事を休むようになって、あっという間に3ヶ月半が経っていました。

私が仕事を休むきっかけは、流産による悲しい経験でした。

今日は、そんな私が日常生活を取り戻すために買ったものについて書いてみたいと思います。

正直なところ、今だって『流産の経験を乗り越えた』とは言い切れません。

今の私は、『流産の悲しみを一山越えた』という表現が適切かなと思います。

流産したときの苦しみや醜い感情

先日、このブログで流産したときの気持ちを書いたのですが、想像以上に反響があって、沢山の温かいメッセージをいただきました。

看護師と流産|流産した人にかける言葉
【流産経験者】の看護師が語る、流産したときの状況や気持ちの変化、手術を終えてからの今の生活について。どんなにつらく苦しい経験も、家族や愛犬に支えられて気持ちを立て直すことができています。流産でつらい気持ちをしている誰かに、いつか届きますように。

記事を読んでくださった方、メッセージをくださった方、同じ経験をした人にも紹介してくださった方、本当にありがとうございます。

流産を経験した方とのやりとりで、多くの方に共通していると思ったことがあります。

それが、『いつになっても流産の悲しみから抜け出せない』ということです。

自分を責めてしまったり、生きているのがつらかったという方がとても多いんですよね。

そればかりか、「どうして他の人じゃなく、自分がこんな目に?」とか、さらには「産んですぐに赤ちゃんを棄てたり、虐待する母親だっているのに、神様は不公平だ」とか。

流産をした私たちは、生命の誕生って奇跡で、この世で一番尊いことだって知っているからこそ、そう思っても仕方ないのかもしれません。

でも、そんな感情が近しい人にも向く可能性だってありますよね。

「友人は、流産を経験せずに何人も子どもに恵まれているのに悔しいし、許せない」とまで感じてしまう方だって、一定数いることを私は知っています。

きっと、そういう感情に呑まれているときが、一番苦しいときだと思います。

我が子を失ったという事実が、子を持つ他者に敵意を向けてしまうんですから。

流産って、ただ、自分たち家族に起こった悲しい出来事であって、周りのしあわせな方々を傷つけていい理由にはならないんですよね。

それがわかっているからこそ、こんなに苦しいんですよね。

「自分の性格が悪いからこんな思考になるんだ」って自分を追い詰めてしまう方もいます。

経験者にしか理解し得ないつらさ、苦しみ、悲しみなので、自分の感情がどんなに醜いものであっても、それは大切にしていいと思います。

私も流産したときは、妊婦さんを見るのがつらいという気持ちがありました。

それは、『子宮内胎児死亡』と診断を受けて、子宮内から摘出する手術を受けた日だけでした。

今までは赤ちゃんの成長を楽しみに通っていた場所なのに、急に赤ちゃんとお別れする場所に変わったのですから。

そのつらい気持ちは正常だし、私の醜い感情は事実として受け止めていました。

自分がつらかったから、人のことが羨ましく、妬ましく思えてしまうんだろうな…と、俯瞰で見ていた方が、自分を責めるのではなく、受け入れて前に進む近道になったように思います。

自分の醜い感情にびっくりしたり、自己嫌悪になって苦しみ続けている方もいるでしょう。

ちっとも問題ないです。

いつかちゃんと抜け出せます。

私も嫌な自分から、抜け出せましたから。

今は妊婦さんを見て羨ましいとか、悔しいとかネガティブな感情はなくて、ただただ、可愛い赤ちゃんが産まれてきてくれますようにっていう気持ちしかありません。

実際に、流産して数日後に初めて会った職場の同僚は、産休に入る直前の後輩だったのですが、ネガティブな気持ちは一切抱きませんでした。

本当に妊娠・出産って奇跡だから、どうか身体を大事にして、無事に産まれてきてほしいという願いだけでしたね。

妊娠って本当に奇跡だから、自分の努力や進歩した医療をもってしても、十分にコントロールできないことなので。

自分じゃない他人に宿った命だとしても、せっかく宿った生命に、羨ましいとか妬ましいとか、そんな感情を向けている時間はもったいないと思いました。

ただただ『おめでとう。』なんですよ。

どうかこの世界が、産まれてくる赤ちゃんにとって、優しい世界でありますように!っていう気持ちでいたいなと思います。

なぜ私が穏やかにそう思えるようになったか、私の心のリハビリに必要だった大切なモノをご紹介します。

流産の絶望期にいた私の心を救ってくれたモノ

稽留流産の診断を受けてからは、つらくて何もしたくない日が続きました。

ご飯も作らないし、外には出たくないし、一日中パジャマで過ごしてました。

「このままじゃいけない、何か自分を救うすべはないか」と思い、購入したのが『お地蔵様』なんです。

『水子供養』についても調べましたが、とても外に出られる状態じゃなかった私。

10週での流産だったので、エコー写真以外に形に残るモノはありませんでした。

でも、たしかに命は宿って、私のおなかに存在していたんだということは事実だし、どこかに心のよりどころを探していました。

そこでたどり着いたのが、このお地蔵様でした。

我が子のように思い、毎朝頭を撫でて、また会いたいと伝えていました。

つらい気持ちを忘れようとするよりも、丸ごと受け入れてしまおうと思えるようになりました。

はじめは泣きながら見ていたお地蔵様も、時がたつと可愛い笑顔に癒やされて、いつの間にか優しい気持ちになっていたことに気づかされます。

愛情や祈りを込めるのは、心の中だけで十分かもしれませんが、私には物理的に対象があって良かったなと思っています。

そう思えたのは、彼がお地蔵様を撫でている姿を見たときです。

自分だけが悲しいわけじゃないと気づかされたし、自分が大切に思っているものを、同じくらい大切に思ってくれている人の存在は大きいです。

彼を選んだ自分にさえ感謝の気持ちが持てました。

いつか絶対、彼に子どもを抱かせたいと思うし、もし、それが叶わなかったとしても、私たちならきっと大丈夫だと思えます。

そんな私も、流産をして半月くらいは『流産 立ち直り方』で検索しては、13時間も流産した経験者の投稿を見ていました。

そんなときに知ったのが、『胎内記憶』というもの。

お母さんのお腹の中にいたときの記憶をもっている子どもがいるこいうことは、とても興味深いと思ったし、なかには、お母さんのお腹に宿る前の記憶を持った子もいるんだとか。

私が読んだ本はこちら。

漫画なのでまず圧倒的に読みやすいですし、私の知らないお空の世界があって、そこで未来の赤ちゃんたちが地上の私たちを見ているということが神秘的だと感じました。

ちょっとスピリチュアルな感じなので、賛否両論あるかもしれませんが、私はそんな世界を信じたいなと思いました。

だって、赤ちゃんたちが「どのママにしようかな」と楽しみにお空から見てくれているなんて、想像しただけでもなんだか微笑ましいです。

実際に、自分で母親を選んで、おなかにやってきてくれるなら、いつも自分が好きだと思える自分でいたいと思えたりしませんか?

流産することや死産することを自ら選んでやってくる子たちもいるんだそうです。

どうしてそんな悲しい道を選ぶのか…と私なら思ってしまいます。

でも、共通しているのは、わずかな時間でもママに出会えたということが、その子にとってはしあわせで、嬉しいことのようなんですよね。

だから、ママを悲しませたり、傷つけたりする意図はまったくないんです。

ということは、私もつらい流産の経験をただの悲しみで終わらせる必要はないんだと解釈しました。

心が元気になって、いつか我が子を抱っこしてあげたいなぁという温かい気持ちになりました。

お空の世界や、胎内記憶については、賛否ありますので、信じたい人だけ信じられたらいい世界かなと思います。

私にとっては、お空から将来やってきてくれる赤ちゃんが私を見つけられるよう、健やかにいたいと前向きに思うきっかけになりました。

良い本に出会えて本当に救われました。

こうして私は、少しずつではありますが、自分の醜い感情とおさらばできたのです。

実はもう一つ、私が前を見るきっかけとして最も重要だったと思う出来事がありました。

それがたまたま立ち寄った『水子供養のお寺』での体験です。

こちらは、またいつかご紹介したいと思います。

私を救ってくれた言葉

誰かに流産の報告をされたとき、戸惑って上手い言葉が見つからないですよね。

私だってそうです。

綺麗な言葉や、上手な言い回しなんか必要ないんだなって実際に流産を経験したからこそわかります。

つらかったね。ぎゅって抱きしめたい。」と言ってくれた先輩がいました。

もう、その言葉の威力たるや。

そう言ってくれたのは、看護師の先輩でした。

優しい人柄が溢れる言葉ですよね。

看護学生時代に教員が、『看護』って「手と目」が必要なんだって言っていたのを思い出します。

きっと、先輩は傷ついている人を見て、抱きしめて心を守るということが自然にできちゃう人なんですよね。

あの優しいメッセージでどれだけ泣いたことか。

悲しい気持ちを吐き出させてくれたことや、すべて共感して受け入れてくれた懐の深さには、感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

それから、流産経験のある先輩には、「赤ちゃんはあなたを傷つけるために、あなたのお腹に宿ったわけじゃない」という言葉をかけてもらいました。

この言葉に私はとても救われました。

経験者だからこそわかる私の気持ちを、そっとポジティブに変換してくれる言葉でした。

自分が流産したのは、自分のせいでも、誰かのせいでもないんだって思えました。

でも、受け手によっては、「いつまでも悲しんでいたら、亡くなった赤ちゃんが可哀想」と捉えてしまう可能性もある言葉だなと思います。

私は大前提に、自分の感情をまず大事にしたので、泣いてばかりいる自分を責めたりはしなかったのですが。

人によっては、悲しんでばかりいる自分を責めてしまう場合も、きっとあります。

言葉って本当に難しくて、伝えたい側の意図と受け手の感じ方がマッチしない場合がありますよね。

私にも傷ついたというか、その当時はつらく感じた言葉もありました。

「流産は意外と珍しいことじゃなくて、あなただけじゃなくて、周りにも結構いるんだよ」という言葉は、当時の私には少し刺さりました。

いつかみんなのように立ち直れるという励ましや慰めを伝える意図だったんだと思います。

それが、当時の私には、経験している人が多いから大した問題じゃないと言われたようで、地味に傷ついたんですよね。

流産という経験をして、とても傷つきやすく繊細なときは、他者のちょっとした言葉尻が気になって、自分の思考が捻くれていたのかもしれません。

絶望のどん底にいる人にとっては、自分だけがこんな風に考えているんだろうか?と更に自分を責めてしまうことにも繋がると思います。

そのときは、「人は人、自分は自分」と割り切って、自分は今つらいし悲しいんだ!と開き直りました。

私を傷つけるために発した言葉ではないのに、その一言にいつまでも捕らわれて、他の悲しみまで背負っている余裕はありませんからね。

周りの言葉にいちいち傷ついているくらいなら、お別れした我が子のことを考えてあげる悲しいけれども優しい時間を過ごした方がいいです。

もしも、流産や死産を経験して、絶望的な悲しみから抜け出せなくても、いつかきっと私のようにわかるときが来ると思います。

赤ちゃんは、私たちを傷つけるために宿ったわけじゃないんだと。

言葉では救えない悲しみもある

私にとって、人生で最もつらい時期を一番長い時間ともに過ごしてくれたのは、愛犬の【らっしなもん】でした。

こんな経験をしたから余計に、彼らが歳を取って今のように動けなくなっても、粗相をするようになっても、もしも私のことがわからなくなったとしても、最期の瞬間までお世話をしたいと思います。

ただ、そばにいてくれる存在が必要なときってあるんです。

深く傷ついているときって、誰かの有難い言葉も心に届かない時間帯があります。

そんなときは、多くの有難い言葉より、そばにいてくれる存在の方が心地よかったりします。

こちらも言葉にして何かを伝える必要もないので、幾分楽に思うかもしれません。

これは相手が犬だからとかじゃなくて、人間だって同じです。

言葉を交わさなくとも、ただそばにいてくれるだけで、気持ちが安らぐ人っていますよね。

だから、つらいときを一緒に過ごしてくれた人は、何があっても大切にしたいと私は思っています。

人やモノに沢山支えられて、私は今穏やかに過ごせているんです。

そして、あの絶望のどん底から這い上がれました。

今回は、流産の悲しみを一山越えた私の経験談でした。

完全に立ち直ったわけではないし、おそらく一生癒えない悲しみだと自分では思っています。

それも人間味があっていいな、と自分を肯定しているので、常に前向きでいなければならないというプレッシャーもなく、今がとっても過ごしやすいです。

この投稿を読んで、こういう気持ちの立て直し方もあるんだな程度に思っていただけば幸いです。

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この記事を書いた人

性別:女性
年齢:30歳代
職業:緩和ケア認定看護師
急性期病院勤務14年目のカレーオタク看護師です。激務で常にストレスを抱えていた私に夫がプレゼントしてくれた愛犬(シェルティ&キャバリア)と暮らしています。流産を経験して働き方を見直し、今はゆとりある生活を意識しています。愛犬との日々&看護師ネタ&流産&カレーに関する記事をメインに綴っていこうと思います!
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